はじめに
特許の効力は、以下の2点です。
- 特許の内容について自分(自社)だけが実施できること(独占)
- 自分(自社)以外のだれも特許の内容を実施できないこと(排他)
前回紹介した米国Apple社の特許出願は、特許にはなりませんでした(特許庁が特許にすることを認めませんでした)。でも、もし特許になっていたら、上記、「独占」と「排他」の力によって、「二か所を同時に操作できる機能を有するタッチパネル(例えば、2本の指で拡大・縮小の操作をするようなタッチパネル)」は同社しか作ることができず(独占)、同社のスマートフォンやタブレット端末以外のスマートフォンやタブレット端末では、この機能を採用できなかった(排他)、という世界が実現されていたことになります。
そして、起業においても、上記特許が持つ「独占」、「排他」の力をビジネスに利用することができます。今回からは、そのことについて説明します。
そもそも特許を何のために取得するのか
本題に入る前に、起業をしたベンチャー(スタートアップも含みます。)は、特許を何のために取得するでしょうか。このことについて考えてみたいと思います。
よく聞くのは、「いい実験データが得られたから特許出願をする」というものです。この考え方は妥当でしょうか?大学、国研、大企業はそれでもいいかもしれませんし、実際、大学では、「いい実験データが得られた」、「この(いい)データを学会発表するのでその前に特許出願をする」ということで特許出願がされることが多いかと思います。
しかし、ベンチャーにおいては、この姿勢を取ることはできません。その理由は、特許出願をして特許を取得するためにはお金(スムースに特許として登録されるケースでも50~70万円程度)がかかりますので、リソースが潤沢ではないベンチャーにおいては、単に「いい実験データが出たから特許出願する」ということはできないのです。では、ベンチャーではなぜ特許を取得するのか。考えてみましょう。
多くのベンチャーは、社会が抱えている課題(社会的課題、pain)を解決することを目的にビジネスをします(注1)。なぜなら、ベンチャーは、自社のビジネスが実現できることによってどのような社会的課題(pain)が解決できるのか、その課題を解決することの経済的なインパクト(企業収益)がどの程度あるのか、というストーリーを説得的に説明できないと、VC等の投資家から出資を受けられないという関係にあるからです。その結果、ベンチャーのビジネスは社会的課題解決型のものとなる傾向にあります。そして、特許はベンチャーが目指す社会的課題の解決のためこそ取得すべきものです。
「社会的課題の解決のために特許を取得する」とは、どのような意味か、ブレイクダウンして説明します。
ベンチャーは、ビジネスを成功させることによって、自らが設定した社会的課題を解決し、企業収益が生み出され、企業価値を上げてIPO又はM&A(Exit)を目指します。そして、ベンチャーを経営するメンバーは、ビジネスを成功に導くためのビジネスモデルを検討し、これを実行します。つまり、ビジネスモデルが意図したとおりに機能すると、ビジネスが成功し、それによって社会的課題が解決され、企業収益が生み出され、企業価値が上がる、という以下に示すメカニズムが働くのです。
- ビジネスモデルを計画して実行する。
- 意図したとおりにビジネスモデルが機能すれば、ビジネスが成功する
- 目指す社会的課題が解決されるとともに、企業収益が生み出される。
- 企業価値が上がっていく
- Exit(IPO又はM&A)を目指す。
上記メカニズムをうまく働かせるためには、ビジネスモデルの計画(どのようなビジネスモデルを採用するのか)と、意図したとおりにビジネスモデルが機能することが重要です。前者の計画については、ここでは論じることはできませんが、後者については、特許はビジネスモデルを意図したとおりに機能させるために取得するのです。これが「社会的課題の解決のために特許を取得する」と説明した意味です。
もちろん、特許があれば、それだけでビジネスモデルが意図したとおりに機能するわけではありません。しかしながら、特許を取得することで、ビジネスモデルが意図したとおりに機能する“確率を上げる”ことはできるのです。
注1 トム・アイゼンマン著(グロービス訳)「企業の失敗大全-スタートアップの成否を決める6つのパターン」(ダイヤモンド社発行/2022.3.29第1刷発行)の28頁では、「スタートアップが生き残るためには」、「満たされていない強い顧客ニーズに対して、差別化されたソリューションを提供すること」が必要と説明されていますが、同じことを別の視点から説明したものと思います。
「ビジネスモデルを意図したとおりに機能させる」ために特許を取得
「ビジネスモデルを意図したとおりに機能させる」ために特許を取得する、とはどういうことか、これを特許の「独占」、「排他」の効力の面から説明します。
ビジネスモデルを意図したとおりに機能させるためには、ビジネスモデルの機能を阻害するような外乱要因はなるべく少ない方がよいことはお分かりいただけるかと思います。この外乱要因をなるべく少なくするという観点から、ベンチャーのビジネスにおいては、
- 計画するビジネスモデルを行うことができるのは自社だけという状況にすること
- ビジネスパートナー(例えば大企業)と組んでそのビジネスモデルを行う場合には、このビジネスパートナーが第三者と同じビジネスモデルはできない(自社としか組めない)状況にすること
を意識することが重要となります。このような状況を特許の独占の力を使って実現します。さらに、
- 第三者が類似するビジネスができないようにすること
も重要です。このような状況を特許の排他の力を使って実現するのです。
ビジネスモデルを意図したとおりに機能させるために必要な特許のみを出願して取得を目指す。
このように、ベンチャーにおいては、自社のビジネスを成功に導く、ひいては社会的課題を解決するためのビジネスモデルが先にあって、このビジネスモデルを意図したとおりに機能させるために必要な特許であれば取得を試みるべきであり、機能させるために必要でなければ、いくらいい特許ネタ(例えば、すばらしい実験データ)があっても特許は取得する必要はないということになります。このことは、ベンチャーが忘れてはならない知財戦略の考え方の一つだと思います。
では、ビジネスモデルを意図したとおりに機能させるために、必要な特許のみを出願して取得を目指すためには、具体的にどのようなことを心がけたらよいのか、次回説明したいと思います。