皆様、こんにちは。柳下(やぎした)です。

今日は、起業するビジネスにおいてなぜ特許を取得することが必要となるのか、について考えていきたいと思います。しばし、お付き合いいただけますと幸いです。

特許を取得するにはお金がかかる

起業を予定している又は起業したビジネスについて、何らかの知財権を取得しておくことが大切であることを理解されている方は多いと思います。例えば、特許権を取得しておけば、モノマネはされることはない(仮にされた場合であってもモノマネを排除できる)と理解している方も多いと思います。「モノマネされたら困る」から起業するビジネスについて特許を取る必要があるとの考えは、そのとおりです。

でも、少し視点を変えて、考えてみましょう。

特許取得を目指す場合、所定の書式の書面(注1)を作って特許庁に提出し、特許庁で審査をして、特許にしますよという許可(注2)をもらう必要があります。ここまでの手続は、高度に専門化されているため、これを全て自分自身で行うことは難しいと思います。このため、弁理士(特許事務所)に依頼して代理をしてもらうのが一般的です。そして、他人の力を借りる以上、当然ながら”無料で”というわけにはいきませんので、先ほどの「特許にしますよという許可」をもらうまでに、スムースに手続が進んでも、50~70万円程度の費用がかかります(注3)。もし、特許庁の審査で、特許庁から「このままの内容では特許にはできません」と通知をされた場合(注4)、さらなる手続(注5)を弁理士に依頼する必要があり、さらに費用がかかることになります。

起業で計画しているビジネスが海外に及ぶ場合、例えば。新しい医薬品、医療機器、電子部品等を海外でも販売することを計画している場合、その計画している国においても別途特許を取得する必要があります。これは、特許権は各国ごとに成立するためです。例えば、日本と米国でビジネスをしようと考えている場合、日本の特許だけではなく、米国でも特許を取得することを検討することになります。ところが、海外で特許を取得しようとする場合、先ほど説明した特許庁に提出する書類の翻訳が必要になります。また、現地(先の例だと米国)の代理人(弁護士等)を立てて、現地の特許庁に対する手続をしていく必要がありますので、その費用も必要となります。私の経験では、翻訳する分量にもよるものの、翻訳費用100万円以上になる場合があり、現地代理人の費用も1回手続をするだけで数10万円の費用がかかる場合があります。

さて、ここまで説明を読んでいただいて、再度「モノマネをされたら困るから」という理由、換言すれば受け身(消極的)な理由で、起業するビジネスについて特許取得をすることを、無条件で肯定することができるでしょうか。起業するビジネスについて特許取得するもっと積極的な理由がないと、「100万円レベルの費用をかけてまでやる意義があるのか…」と考えるのが素直な感覚かもしれません。

  • 注1:特許業界ではこの書面を特許明細書といいます。
  • 注2:特許法上「特許査定という行政処分」と呼ばれています。
  • 注3:依頼する弁理士(特許事務所)によって費用が異なるので、あくまで私の経験上の感覚です。
  • 注4:特許法上「拒絶理由の通知(拒絶理由通知書)」と呼ばれています。
  • 注5:特許庁に対して、特許を求める内容を修正する(手続補正書の提出)と、特許されるべき理由についての意見の表明(意見書の提出)をいいます。

特許を取得するとどのような世界を創りだせるのか

では、上記「積極的な理由」を考える前に、特許を取得するとどのような世界観が実現できるのかを説明させてください。まずは、特許とは何か、特許権を取得すると何ができるのかについて説明させてください。

上の図を見てください。Aさんが特許権を取得すると、Aさんは、その特許で保護された内容を無断で使用した第三者(上の図ではB、C、Dさん)に対し、その使用をやめて欲しいとの要求(注6)と、過去の使用について発生した損害を賠償するように要求(注7)することができます。上で「モノマネはされることはない(仮にされた場合であってもこれを排除できる)」と説明した特許権の効力とは、このことを指しています。

  • 注6:この要求ができる権利を法律上「差止請求権」といいます。
  • 注7:この要求ができる権利を法律上「損害賠償請求権」といいます。

では、このことを具体例を示して説明したと思います。以下の特許出願は、アプル・コンピュータ・インコーポレーテッド(米国のApple社)の特許出願(特表2007-533044号)の請求項1の内容です。

【請求項1】

透明な容量感知媒体を有するタッチ・パネルであって、前記タッチ・パネルの平面内の別々の位置で同時に生じる複数の接触または接触に近い状態を検知し、かつ前記複数の接触のそれぞれに関して前記タッチ・パネルの平面上における前記接触の位置を表す別々の信号を生成するように構成されているタッチ・パネル

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-2007-533044/DF9F4A3EFEFF417153D281B0F88C4D547336E8EB3D62708B239C7EA3D2CAC90E/11/ja

この請求項の内容は少し難しいので、内容は読んでいただく必要はありません。

  • 「タッチ・パネル」の特許であること
  • タッチ・パネルの複数の箇所を同時に触った場合に、触った場所がわかるような信号を生成するタッチパネルの特許であること

だけわかっていただければ十分です。以下にこの特許出願の図1を引用します。どのようなタッチパネルの特許なのか、よりイメージを持っていただけるかと思います。

特表2007-533044の図1を引用

この特許出願について、特許庁は特許にすることを認めなかったので特許にはなりませんでした。でも、もし特許になっていたらどうなっていたでしょうか?二つ以上の箇所を同時にタップするようなタッチ・パネルはApple社しか製造できず、他の第三者(日本、韓国、中国メーカー)は製造できない世界が実現したということです。

もっとも、上記のとおり、特許庁は特許にすることを認めなかったので、実際にはそのような世界は実現せず、いろいろな会社から複数の箇所を同時にタップできるようなタッチ・パネルは製造、販売されています。ホッとされた方もいるかもしれませんが、上の例で「でも、もし特許が成立していたら…」と想像していただければ、特許の効力(特許が作り出せる世界)をイメージいただけるかと思います。

起業においては特許を別の目的で利用できる

以上が、特許の効力(特許が作り出せる世界)です。

もっとも、起業においては、特許を別の目的(積極的目的)で利用することができます。この理由があるからこそ、「100万円レベルの費用をかけてまでやる意義」があるのです。それは次回説明させてください。ここまで読んでいただきありがとうございます。