ビジネスモデルを意図したとおりに機能させるために、必要な特許のみを出願して取得を目指す、このことを具体的なベンチャービジネスの類型にあてはめて考えていきましょう。
ベンチャー企業が自社単独で事業化を目指す場合
第1弾は、ベンチャー企業が自社単独で事業化を目指す場合を考えてみます。
例えば、ベンチャー企業が、ASP(Application Service Provider)になり、社会的課題が解決されるようなSaaS(Software as a Service)ビジネスの提供を目指す場合を考えていましょう。BtoCであってもBtoBであっても、ベンチャー企業が自社だけでビジネスを完結できる場合、特許の排他の力を利用して、ビジネスモデルを意図したとおりに機能させて、自社ビジネスの成功(社会的課題の解決)を目指すことになります。
具体的には、
- 第三者が同一又は類似するビジネスができないようにすること
を目指して特許取得をしていくことで、自社しか自社ビジネスを提供できない世界を作り出し、自社ビジネスの成功確率を高めていきます。
第三者が「同一」のビジネスができないようにする
まず、「同一」のビジネスができないようにすることです。特許の力を借りて、第三者が自社と同一のビジネスができないようにすることはそれほど難しいことではありません。なぜなら、自社のSaaSサービスの内容に関して誰にも知られていない点を見つけて、この点について特許出願をすればよいからです。
ここで、「誰にも知られていない点」でなければならないというのがポイントです。特許を取得するためには、特許法に規定されている一定の条件(要件)を満たす必要があるからです。「ベンチャービジネスの成功確率を高めるために取得すべき特許」というテーマからは少し脱線しますが、以下に、特許を取得するために必要な代表的な条件を説明しておきます。
特許を取得するための条件(特許要件)のうちの代表的なもの
前にも説明したとおり、特許庁に特許出願をすれば必ず特許になる、というわけではありません。特許出願の内容が一定の要件を満たしている必要があります。特許法49条にこれらの要件が列挙されているのですが、代表的な要件は、
- 特許出願の内容が新しこと、これまでにないものであること(新規性)
- その内容が、既存の技術等から簡単に思いつくようなものではないこと(進歩性)
の二つです。
一つ目の新規性は、その記載のとおり、特許出願の内容が新しいものでないと特許にしてもらえない、というものです。特許を取得するために「新規性」が求められる理由は、既に知られている技術は本来誰でも使えるはずなのに、これを特定の者に独占させてはならないからです。特許には独占・排他の力があることを思い出していただければ、既に知られている技術に特許を与えてはならないことをご理解いただけるかと思います。
二つ目の進歩性は、特許出願の内容がたとえ新しくても、その内容が既存の技術から容易に考えつくようなものである場合は、特許にしてもらえない、というものです。特許を取得するために「進歩性」が求められる理由は、特許権は出願日から20年間と長きにわたって存続し(特許法67条1項)、その間独占・排他の力が及びますので、容易に考えつくような内容にそのような長期にわたる独占権を与えるべきではない、という考え方に基づくものです。
そのほかにも種々の要件がありますが、ここで説明したいテーマからははずれてしまうので、割愛したいと思います。詳しくお知りになりたい方は、Google等の検索エンジンで「特許要件」と入力いただき、表示されるウェブサイト(例えば弁理士さんの解説記事)を参照いただければと思います。
第三者が「類似」のビジネスができないようにする
次に、「類似」のビジネスができないようにすることです。特許の力を借りて、第三者が自社と類似のビジネスができないようにすることも検討が必要です。マーケットが重複する類似のビジネス(ほぼ同様のサービスが提供されるビジネス)を第三者ができる余地を残すと、マーケットシェアを争うことになり、ビジネスの成功確率が下がっていくからです。
自社のビジネスモデルが魅力的であればあるほど、第三者は同じサービスへの参入を試みます。上記のSaaSビジネスの例で言えば、提供されるITサービスの内容が魅力的であればあるほど、同じようなITサービスを提供しようとする第三者があらわれます。そのような第三者が「ヒト・モノ・金」のリソースが潤沢な大企業である場合は厄介です。大規模な宣伝広告、値下げ合戦等の体力勝負になった場合、ベンチャー企業に勝ち目はありません。したがって、こうした企業の参入を防ぐべく、自社ビジネスと同一の範囲だけでなく、その類似の範囲もカバーするような特許取得を目指すことが重要になります。
もっとも、「類似」のビジネス、と言葉で言うことは簡単ですが、「類似」の範囲をどの程度まで広げるべきか、さらには上記説明した特許要件との関係でどこまで広げられるのか、各ビジネスモデル毎に知恵を絞って考える必要があります。
じゃお手上げなのか…ということになりますが、そうではありません。「類似のビジネス」の範囲設定の一つの方法として、「自社のビジネスモデルが魅力的である」ことを出発点として以下のような検討方法があります(※)。
「自社のビジネスモデルが魅力的である」に関して、自社のビジネスモデルのどの部分が魅力的であるのか、換言すれば自社ビジネスの競争力の技術的な源泉はどこなのか、ということを特定することをお勧めします。上記SaaSビジネスの例でいえば、自社サービスを提供するアプリケーションのどの部分の処理、又はどの部分のアルゴリズムが魅力的なのか、ということを考えてみていただければと思います。そのような魅力的な部分は、第三者が参入してくる際に必ず利用(実施)したいと考える部分です。
ここまで特定したら、次に、自分が第三者になったつもりで、上記魅力的な部分を少し改変して、同じようなビジネスを展開することができるか、できる場合どこをどのように改変すればよいのか、ということを検討してみてください。その際に、改変に関し、できる限り多くのバリエーションを考えてみてください。
この「同じ魅力が発揮できる改変のバリエーション」が、特許を広げて取得すべき「類似の範囲」となります。そして、少し話が前後してしまい恐縮ですが、現在の自社のビジネスモデルの魅力的な部分(競争力の源泉)は、上記「同一」で説明した部分として特許を取得すべきということになります(下図参照)。
※1・・・もし、自社のビジネスモデルや提供されるサービスがマーケットから見て魅力的でないならば、特許以前の話として起業の成功はおぼつかないと考えますので、ここでは「自社のビジネスモデルが魅力的である」という前提で検討をしています。
特許は第三者の侵害が発見しやすい内容にする
第三者が「同一」のビジネスができないようにする場合でも、第三者が「類似」のビジネスができないようにする場合でも、重要なことは、第三者が特許の内容を実施していることを発見しやすい特許にすることです。
例えば、SaaSに関して、バックヤードのクラウドサーバー内の処理やアルゴリズムに関する特許を取得しても、第三者がこれを実施しているか否かを発見するためには、同人が運用しているサーバーを解析する必要があります。そのためには、実際にサーバーが設置されているデータセンタに踏み込んで、該当するサーバーについて解析をしなければなりませんが、第三者が管理するデータセンタに立ち入ることは建造物侵入罪(刑法130条)に該当するリスクがあります(※2)。
したがって、特許を取得する際は、第三者がその特許を実施していることを発見しやすい内容にすることが大変重要です。SaaSを例にとれば、第一義的には、ユーザ側から見て認識できる処理、アルゴリズム、及び画像等について特許を取得を目指していくことになります。もちろん、ユーザ側から見て認識できる処理、アルゴリズム、及び画像等だけの内容だと上記特許要件が満たされないケースも多いのが実情です。こうした場合は、一定程度バックヤードのサーバーとの通信に関する内容も盛り込んでいく必要はあるかと思いますが、それでも「第三者の実施の発見」を常に念頭に置いて特許の内容を確定させていく必要があります。
最後に、本論とは直接関係はありませんが、SaaSに関してバックヤードのクラウドサーバー内の処理やアルゴリズムに関する特許を取得した場合であっても、一定の条件を満たせば、相手方が運用しているサーバーを検査することはできます。特許法には査証制度(特許法105条以下)があり、裁判を提起した場合に、一定の要件の下で裁判所が査証人を指定して、この査証人(弁護士、弁理士、学識経験者等が想定されています)が、相手方が運用しているサーバーの動作について証拠収集ができるとされています。もっとも、実施に裁判(特許権侵害訴訟)を起こさなければなりませんし、一定の要件が満たされないと裁判所が査証を認めませんので、実際に査証制度を利用するためには相当程度のハードルがあります。
※2・・・ハッキング等で遠隔から解析する方法もあるかと思いますが、これも不正アクセスとして刑事罰の対象になるリスクがあります(不正アクセス行為の禁止等に関する法律3条)。
以上です。次回は別の類型のベンチャービジネスにおいて「ビジネスモデルを意図したとおりに機能させるために、必要な特許のみを出願して取得を目指す」ための方法について検討します。